インザナ地獄

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「心の傷」は言ったもん勝ち

「心の傷」は言ったもん勝ち (新潮新書 270)

「心の傷」は言ったもん勝ち (新潮新書 270)

題名の時点で俺の考えとは合わないだろうなと思ったのだが、なんとも微妙な内容。
心の病気について訴える人やセクハラなどの問題について、"被害者帝国主義"と訴える側に有利過ぎる側面がある事を指摘している。
それはいい。それ自体はある程度必要な主張だと思う。

しかし、あまりにも露骨な精神論を持ち出したりする箇所があり、精神科医としてのしっかりとした理屈や意見が少ない印象。
朝青龍が仮病?をした問題について言及したりしているが、心を扱う人が直接診療したわけでも無い患者の事を取り上げるのはどうなのか。
もちろんわかりやすい例として挙げたいのかもしれないが、細かく調べた上での見解を述べるというのならともかく、
ニュースなどで得た情報だけで判断してる様子で、一体何を考えているのかと。
その朝青龍のところでの感情論を引用してみよう。
先ほど、「病気になった個人を責めることはない」とは言ったものの、「心・技・体」充実の模範たることを要求される横綱であれば、少々のストレスがあっても打ち勝つような強さを身につけてほしい、と要求するぐらいは、言ってよいと私は思います。それはちょうど、普通の人なら一発の張り手で気絶するだろうが、横綱ならばものともせずに反撃してほしい、と要求するのと同じ事です。
引用してみたが、俺はスポーツによって「心が鍛えられる」などとは全く考えていないし、横綱だからといって模範たる事を要求、なんて考えたことも無い。
そもそも、「心の強さ」なんてものが存在するとも思っていない。
殴られても恐怖心を感じない人はむしろブレーキのネジが外れている人だと俺は考えるし、
そうでなくても殴れる事に慣れるとか、環境に対する適応であるとしか考えない。
少なくとも、張り手で気絶しないでほしいと期待するのとストレスに負けるなと期待するのでは全く次元が違うと思う。
そりゃ相撲であれだけぶつかり合っていれば、張り手に耐える能力は養われると思うけど、
ストレスに負けるなってのはねえ。横綱になればまあ色々ストレス溜める機会(この話題がそうかも)があって慣れるかもしれないけど、慣れる前に負けても全くおかしくないかと。

著者が単純化のためにそういう事を言っているのならいいんだけど、あまりにもこうした記述が多すぎるので本気で言っているように俺には見受けられる。
今度は実際に著者が診療した患者についての例を上げているところから引用。
さて、日々こうした患者を診ていると、すべての場合にではありませんが、「つまんないことで落ち込んでるんじゃねえ。しっかりしろ」とか、「不安っていうけど、そんなもん誰にでもあるじゃないか。しばらく布団かぶってじっとしていなさい」と一喝してしまいたくなることがよくあります。庭に出て頭から冷水をかぶったり、乾布摩擦でもしたらよくなってしまうのではないか、と思うこともあります。実際、戦前の森田正馬の著書にはこのようなアドバイスを与えた実例がいくつも載っており、胸がすく思いがします。
"胸がすく思いがします"ってなんだそれ。
「必ずしも患者に甘く接するのではなく、必要だと考えられる場合はこうしたアドバイスをしてもいいのではないでしょうか。」
ぐらいの言い方にしていないあたり、正直私怨というか愚痴じゃないのかと言いたくなる。
ちなみにここで名前の挙がっている森田正馬、という人の森田療法、については俺も本を読んだ事があって、その療法については悪く思って無いです。
というか森田療法はそんな患者に負担を負わせるような療法じゃないんすよ、むしろ真逆。
水をかぶれとかアドバイスをした例ってのは、その患者が十分に健康な精神を持っていると判断してやった事なんじゃないかと思われる。

他にも
しかし、私の正直な気持ちを言えば、職場が辛くて更衣室で一人泣いているとか、恐怖感で学校に行けず、仕事を休んでしまったというのを聞くと、「なんだ、情けないなあ。それでも男かよ」という気持ちが起こってきたことは事実です。また、休職の診断書を求められたときには「いったい仕事をなんだと思ってるんだ。同僚の迷惑をいったいどう思ってるんだ」と思ったことも事実です。
「それでも男かよ」キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
ホントにこれが精神科医の書いた本なの?と思わざるを得ない。
この辺りは俺が知ってる知識が、心理学、臨床心理よりで医学的な精神についての認識が少ないから思う事かもしれない。
まあ著者も自分の管轄外と考えた患者には臨床心理士によるカウンセリングを受けるよう患者に勧めるなどしているので、
実際の診療にそこまで問題があるとは思わない。
ただ、悩みを抱える人に対する接し方を誤解させるような文が多く、あまり勧められたものではない。
この本には悩みを抱えた人にどう接するべきか、その肝心な部分が感情論的なものしか書いてないのもあり余計にそう思う。

というわけでこの本だけを読むと色々問題があると俺は考える。
この本を読んだことがあるという人には
そしてウツは消えた! (宝島社新書)

そしてウツは消えた! (宝島社新書)

も読むことをお勧めする。反対と言ってもいいような内容が書かれている。
どちらが正しいと言うことはできないけれど、片方だけで納得してはいけないと思う。

さて、話を本の内容に戻すと、実は精神科医としての意見の部分よりも、
4章 理不尽な医療訴訟、や5章 被害者帝国主義、といった社会問題への言及の方が内容は読む価値があると思うw
4章の医療訴訟については流石に専門家だけあってしっかりとした見地が書かれている。感情論も控えめだった印象。
5章はちょっとどうかと思う記述もあるが、こういう事件もあったなあと思い出したり、あったのかと知る役には立つ。
まあ感情論中心なんだけどね、ここも。
しかし、裁判を扱うならば、推定無罪ぐらいの単語は持ち出して欲しかったところ。
裁判関係の話で持ち出されている問題は、まさにこの推定無罪が成り立っていない所が大きいと思うしね。
やはり専門化が専門外の事を書くとどうしてもこういうところが浅くなったり的外れになったりするのは、
以前の日記で紹介した「地球温暖化」論に騙されるな!での排出権取引についての言及もそうだけど、よくある事か。

後、最後の7章が 精神力を鍛えよう!という内容になっていて、俺としては「ここまで言うからには少しは具体的にいい事がいえるんだろうなぁ(笑)」
と思って少し期待していたのだが、どうしようもない内容でしたとさ。
だって、できる人にはできるけど、できない人にはできないこと、ばかりなんだもん。しかも抽象的。
まあ精神力を鍛える(笑)という俺の考えをむしろ後押ししてくれる内容ではあった。
自分との付き合い方をまず覚えて、その上で社会との付き合い方を覚える、悩みを持った人が取り組むのはそういうのじゃないかなあ。
精神力を鍛えるとかそんな解決法はないと思う。精神力を鍛えるような事が出来る人がいるならば、
それはもともとそういうやり方が"自分との付き合い方"な人だっただけだろうと俺は思う。

と、ここまで素人の俺が散々こき下ろしてきたわけだが、臨床心理関係の本ばかり読んでいたので、
それとは違う精神科医の書いた本を読んだ事で若干自分の考えに偏りがあると自覚できたところもあり、読んでよかったとは思う。
ただ、色々と自分に悩みを抱えているような人はこの本を読んでは駄目だね。
この本にあるような感情論的なアドバイスが効果を発揮するケースが無いとは言わない。
ぶっちゃけケースバイケースだとは思う。でもリスクが大きすぎると思うし、この本の内容は悩みを持った人には危険過ぎる。
この本で例に挙がっていた患者がこの本を読んでしまうようなことが無い事を祈る。

しかし、この本の影響でまた心理学とかの本を読みたくなってきた。
特に知識がほとんど無い精神医学に関する本を探してみたいところ。
糸冬